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あの日あのとき
10年前のこの日、当時勤めていたバンクーバーの会社で、お昼の休憩後に上司が「ご実家、神戸だったよね」と声をかけてきた。「そうですが」と笑顔で返すと、本社からのファックスを無言で渡された。

「神戸に大地震発生、被害甚大、神戸支社閉鎖」

その黒々とした大きな文字が、何を意味するのかがつかめない。神戸に、地震? 私が生まれてから、大した地震の記憶などなかった。

上司の許しを得て、実家に電話をかける。つながらない。夫に電話して、親戚にもかけてもらう。やっぱりつながらない。途端に不安がこみ上げてきた。その間にも、本社からの続報がファックスで絶え間なく流れてくる。

ちょうど2番目の子の妊娠6ヵ月目で、ストレスのためかお腹がキリキリ張って痛くなってきた。深呼吸してやり過ごすけれど、張りはおさまらない。早退も考えたが、家では入ってこない情報もある。それに仕事をしている方が少しは気が紛れる。夕方になるにつれ、被害の大きさが海を渡って映像で送られてくるようになり、社員はみんなテレビの前に釘付けになった。

その間何度も電話をかけるが、やはりつながらない。義父や義姉も神戸にいる。家に帰って、夫と最悪の事態について話し合う。誰にも連絡がつかず、テレビで街が燃えさかる様子が何度も映し出され、それがどこなのか判然とせず、余計に不安をあおった。

夜中を過ぎて、ようやく実家に連絡が付く。幸いなことに母も弟たちも無事で、意外に元気な声で途端にホッとした。それまで張りまくっていたお腹が、溶けるようにやわらかくなり、痛みも薄れてくる。お腹の赤ちゃんが、窮屈そうにもぞもぞと動いた。

「寝とったら、タンスの飾り棚が、頭から10センチのところにドスーンて落ちてきてん。死んどってもおかしないわ」と下の弟。上の弟は、のしかかるように倒れてくるガラス戸付の本棚を、全身で受けとめたとか。地震の1ヵ月前まで母が住んでいた家は全壊だったそうで、あのままいたら避難所生活だったと母が言っていた。運命の歯車が少し狂っていたら、今の生活はない。

1年後、神戸に里帰りした時。あのときお腹にいた私の子を見て、見ず知らずのおばさんが「地震の時、この子大丈夫やったん? よかったなぁ。ほんま、生きてて」と声をかけてきた。幼子を心から優しく見つめる彼女のまなざしに、あの時ここにはいませんでしたとはなぜか言えず、「はい、ほんまに」と神戸弁で返した。「神戸の人はやさしなった」と言う母の言葉を実感した日だった。

失われた多くの命のためにも、残された命を持つものは、大きな責任を負っている。今を大切に、人を大切に、自分を大切に、これからもしっかり生きていきたい。

(2005年01月17日)





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