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「私たちも卒業しよう」 胸がきりりと痛んだ。わかってるけど、ずっとわかってたけど。黙ってうなずいて、そのまま顔を上げられずにいたら、頬にそっと唇が落ちてきて、あとはさっとひるがえった制服のスカートしか目に入らなかった。
中学2年生、14歳。どうしようもなく厭世的で、太宰や澁澤や三島に影響されて、小難しい漢字ばかりが目立つ小説のようなものを書きなぐっていた。髪は短く、日焼けして真っ黒で、女子用の丸襟ブラウスの甘さが許せなくて、男子用のカッターシャツの襟をきつく締めて着ていた。
須磨海岸の浜辺で朝まで月を見ていたり、24時間喫茶でメンソールをふかしたりしていても、学校では与えられた課題を黙々とこなして、危ういながらもバランスはとれていた。あの子が私の隠れ家に入ってくるまでは。
校舎の裏には、荒れるままに放置された小さな温室があった。園芸部はとうの昔に廃部になり、雑草だらけになった花壇の脇に、そのガラスの小屋はひっそり立っていた。放課後の喧騒から逃れたくて、そっと扉を開けて入ると、足元でガラスがぱりんと割れた。
中の空気はやさしく暖かく、水に潜ったように外の騒音が薄く遮断されて、枯れた草花の乾いた匂いが妙に懐かしかった。隅の木箱に腰掛けるとたまに通りかかる生徒たちの視線にもとまらず、ここなら息ができると心がほっと落ち着いた。
「ここ、あなたの場所?」 温室にいる時間が次第に長くなり始めた頃、彼女が扉を静かに開けた。顔も名前も知っている。同じクラスになったことはないけれど、ひと目を引く顔立ちで、関西弁を話さないからちょっと気どってると陰で言われているような子だった。
何も言わないでいると横に腰掛けて、私の手から本を取る。「こんなの読むんだ」 乱暴にならないように気をつけながら本を取り戻すと、「どうして、マモルって呼ばれてるの?」と笑いかけてきた。
いくつか書いた小説のようなものに「仁科守」とペンネームを入れたことがあり、親しい子たちからはマモルと呼ばれていた。自分の名前が嫌いだったから、自分でいたくなかったから、それはそれでよかった。
「私もマモルって呼んでいい?」 小さくうなずいたら、彼女は嬉しそうに笑った。きれいな素直な笑顔で、そんな風に笑いかけられたことがなかったから、思わずつられて私も笑っていた。
それからは温室にいると、彼女が必ず来るようになり、時には先に待っていることもあった。ぬるいコーヒー牛乳を飲みながら、なんだかとりとめのない話をたくさんして、暗くなってバイバイって別れて、それだけだったのが、いつどこから違ってきたのか。
ある日、ふと話が途切れたら、彼女がすっと口づけてきて。軽い羽根をのせたようなキスで、今のは何と聞くのもためらわれるような。悪びれた風でもいたずら顔でもなく、やっぱりきれいに笑う彼女に何も言えなくて。
そのうち温室だけでなく、人気のない階段や、図書室の隅や、教室のカーテンの陰で、かすめるようなキスを何度も重ねた。朝礼や音楽会の合同練習で、離れていても目が合えば触れあう一瞬を思い出した。
私は夜中に出歩かなくなり、メンソールも買わなくなったけど、先生には近頃反抗的になったと言われるようになった。良くも悪くも感情があふれるように表に出て、抑えられなくなっている自分に戸惑ってもいた。
「あの子、高校生と付き合ってんねんて」 3年生の冬、神戸には珍しく雪が降って、すきま風の冷たい温室に行かなくなった頃、彼女のことが噂になった。否定したくても、私は彼女のことを知らなさすぎた。
会っているのは学校だけで、彼女の家も、どんなふうに暮らしているのかも、実は何も知らなかった。長いだけの夏休みや祭事に追われる冬休みの間、私が彼女のことを想っていた時間に、彼女は何をして何を想っていたのか。
何も確かめられないまま、あわただしい受験の時期が過ぎ、気がついたら卒業式を迎えていた。温室は冬の嵐で壊れてしまい、そのままブルドーザーがさらっていった。
それを3階の教室から見下ろしながら、私は彼女とふたりだけの卒業式をした。あのきれいな笑顔がどうしても見られずに、でも泣くことだけは絶対にイヤで、彼女が教室を出て行ったあともガラスの小屋の残骸をずっとにらみつけていた。
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